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貧しい家庭の切なさを訴えた映画です。

※無声映画です。

『夜ごとの夢』 (1933年・日)
夜ごとの夢
スタッフ
監督:成瀬巳喜男
原作:成瀬巳喜男
脚本:池田忠雄
撮影:猪飼助太郎
衣裳:松下松之助
詞:久保田宵二
音楽:古賀政男
キャスト
おみつ:栗島すみ子
水原:斎藤達雄
隣人:新井淳
隣人の妻:吉川満子
船長:坂本武
女将:飯田蝶子


 成瀬巳喜男監督作品「夜ごとの夢」。

 成瀬巳喜男監督はこれで鑑賞二作品目です。一作品目は「稲妻」。淡々とした進行で男に翻弄され壊される家族。だけど、最後に母娘の和解を持ってくるあたり希望を思わせる映画でした。この「夜ごとの夢」は逆です。家族の愛は温かいものでしたが、その家族を取り巻く貧しさというものはあまりにも切ない。そして切ないまま終わっています。しかしどちらの作品でも一貫して家族を中心に物語は進んでいきます。

 主演は栗島すみ子。「淑女は何を忘れたか」(1937年)で小津安二郎、そしてまた斎藤達雄と組んでいます。1920、30年代のスター女優です。日本では当時、メアリー・ピックフォードと同じくらいの人気があったそうです。苦労娘の役がうまかったようですね。で面白いのが栗島すみ子は日本舞踊水木流家元水木歌紅でもあったほど舞踊がお得意だったんですが、今回の映画で女将役として栗島すみ子をこき使った飯田蝶子は舞踊のお弟子さんなんですね。役と裏側の立場が逆というのも面白いものです。

 斎藤達雄。小津安二郎によってヒットした日本のスター俳優。女優さんにモテモテな色男です。不気味さを減らした嶋田久作さんという感じです。「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」(1932年)、「足に触った幸運」(1930年)など小津安二郎の戦前作品がやはり代表作といったところでしょうか。

 この映画の時代背景には1929年の世界恐慌、更に30年の昭和恐慌などで国民生活が貧困に苦しめられていた時代です。だからこそ苦しめられる人々の訴えともいえるような映画が必要でした。


【あらすじ】

 酒場で女給として働くおみつは夫に捨てられ子供の文坊と二人暮らし。その美貌によって客からは人気の的だった。おみつは自分のことより常に文坊がよく育ってくれることを優先している。ある日、おみつの下に自分たち親子を捨てた水原という男が帰ってくる。水原は改心したようだったが・・・













【以下全文ネタバレ注意】













↓四行後にネタバレ文あり



とある港町。

 酒場の女給おみつ(栗島すみ子)が旅から帰ってきた。帰ってきて早々に、港で常連客の船員たち(大山健二、小倉繁)からタバコを貰う。船員たちから船で遊んでいくように誘われるが、話があるなら後で店に来ればいい、と言って遊覧船に乗る。

 おみつは乗り込んだ船で乗客から不潔な目で見られる。

 自分のアパートに帰ったおみつはたった一人の子供・文坊(小島照子)に迎えられる。おみつは旅の間、文坊を製薬会社に勤めるお隣さん(新井淳)とその奥さん(吉川満子)に預けていたのだ。

 文坊はお土産をねだるがおみつには、お土産を買えるような経済的余裕は無かった。代わりにおみつは、夜にお土産を持ってくると。約束する。

 お隣さんの部屋から帰ってきたおみつと文坊。文坊はおみつに甘える。

 お隣の奥さんによれば、おみつの留守中に見知らぬ男が二回も訪ねて来たらしい。男はおみつに会いたい事情があるようだ。

 おみつはお隣の奥さんに、坊やのためにも女給という世間では卑しい評価を受ける職業【※1】を辞めるよう忠告される。
※1】女給:カフェや喫茶店、バーなどで働く。今でいうウェイトレスというよりキャバクラ嬢のような職業。

 おみつは、この職業を辞めてしまったら簡単に新しい仕事を見つけることができない、と言う。消極的発言に対しお隣の奥さんは気力次第でどうにでもなる、と答えた。だがおみつに今の職業を辞める意志は無いようだ。

 次は結婚の話。しっかりした人と結婚するよう忠告する奥さんに対し、そんな男は私を見下すか私から逃げることしかできないわ、と嘲笑して答える。

 おみつは自分のことを軽く考えており、文坊さえしっかり育ってくれれば自分は地獄に堕ちようと何になろうと十分だ、と考えていた。

 おみつの悲しい覚悟にお隣の奥さんもいたたまれなくなる。文坊だけが無邪気に遊んでいた。

 夜。酒場で船員たちや、船長(坂本武)をはじめとする客たちの相手をするおみつ。女将(飯田蝶子)は、おみつが帰ってきたことで店が活気づいて喜んでいた。

 おみつは、店の中に入ってくる少年の姿を見て、お土産を買う金とお隣の奥さんに文坊を預かってもらった御礼のための金を女将に貸してほしい、と頼む。

 女将はおみつの母親としての気持ちを踏みにじる発言をし、おみつはあなたには母親の気持ちは分からない、と言ってしまう。女将は憤慨する。

 それを聞いていたお客の船長が自分が立て替える、と言ってお金をおみつに貸そうとする。もちろん船長にはおみつへの下心があった。

 夜遅く帰ってきたおみつ。仕事中はお隣夫婦に文坊を預けていたのだ。帰ってきて文坊にお土産を渡す。

 お隣の奥さんによれば今日も見知らぬ男がやって来て、今日は絶対に会わなければならない、と家で待っているようだ。

 おみつはお隣夫婦に旅で預かってくれていた御礼のお金を渡す。しかしお隣夫婦は月々貰っている月謝すら申し訳ないからこれ以上受け取れない、とおみつに返そうとする。おみつは自分と文坊の顔を立てるためにも貰ってほしい、と半ば無理やりに渡した。

 お隣から家に帰ったおみつ。家の中で待っていたのはおみつの夫で、三年前におみつを放っぽり出してどっか行ってしまった文坊の父親・水原(斎藤達雄)が待っていた。

 おみつは水原を憎んでおり恨み言を吐く。水原は自分でも三年前のことを後悔していた。だが罵られると分かりながらもやって来た自分の気持ちも理解してほしい、とも言う。

 でもおみつは水原のことを許せないので冷めた態度で接する。さっさと追い返そうとするおみつだが、水原は短い期間でいいから文坊の父親にさせてほしい、と頼む。水原は自分の子供に会いたかったのだ。

 そこへ文坊も帰ってくる。水原は文坊に触れようとするがそれをおみつが止める。意気消沈し帰ろうとした水原をお隣夫婦が止める。

 水原の帰りを止めるお隣夫婦に、水原は親子を見捨てた男で親子の敵だ、とおみつが言い水原を帰すように言う。

 お隣さんは強情張りはよくない、とおみつを説得。水原も坊やの顔が見れただけでいい、自分が居ると他人を不幸にする、と言ってアパートを去っていった。

 おみつは去っていく水原を追いかけ、彼を引き止めるのだった。


 おみつの家に友達(澤蘭子)が来ていた。おみつは水原への憎しみも薄れていた。水原は文坊の育児をしっかりとしていた。だが水原は新たな仕事を見つけられずにいる。

 お隣夫婦は水原のことを会社に紹介するほど、おみつと水原、文坊に優しくしてくれる人たちだった。

 水原はもし自分が定職にありつけたら、おみつに女給の仕事から足を洗うように言う。おみつはそれに応じる。

 おみつは家族三人でいられるこの状況が嬉しくて仕方ない。

 だが、お隣さんが水原を紹介した製薬会社は人手がいっぱいだ、として断られてしまう。水原は仕事にありつけずにいた。そんな水原にとって自分に懐いてくれる文坊は心の支えでもあった。

 文坊と遊んだ帰り道、水原は工場の職工見習を募集する張り紙を見つける。

 夜の店では客の船長がおみつに金を貸したのをいいことに、半ば無理矢理におみつに自分の相手をさせていて、船長は他の船員の客や女給から嫌われる。

 体格の良い船長のおみつを独占する勝手な振る舞いに、他の客も苛立つがそれを見て見ぬふり。

 そこへ水原が駆けつけ、おみつと船長を引き離す。無理矢理にでもおみつを自分のものにしたい船長は水原を突き飛ばすが、その乱暴な振る舞いに女将にも止められる。

 おみつは嫌になり店を水原といっしょに出て行く。水原はおみつに女給を辞めてくれ、と頼む。しかしおみつは今、水原が自分たちを養うのは不可能なのだから、文坊の将来のためにも自分が稼ぐしかない、と言い返す。

 水原はしばらく考え、自分が仕事を選ばないで働いて養う、と決意。おみつはその言葉を聞き、自分も世間の母並のちゃんとした母親になりたい、と水原に本音を打ち明ける。

 しかし脆弱な体つきの水原は職工見習の面接で面接官(大邦一公)によって落とされてしまう。

 女将はおみつに、船長を不機嫌にさせたら店にも影響が出るとして、船長の相手をしてほしいと家に押しかけてきていた。おみつは船長のことは自分で何とかする、と女将に宣告する。

 沈み込んだ水原は帰途の途中で、文坊が友達たちとボール遊びをしているのを観る。

 帰宅した水原。水原は自分が面接に落ちたことを明かし、自分はここに居るべき存在ではないのかもしれない、と漏らす。おみつは弱気な水原を叱咤する。

 おみつは今は文坊は食べて成長しなければならない、そのための金を工面するので精一杯だから世間体は気にしてられない、と話す。

 その時、子供たちがやって来て文坊が車に轢かれた、と知らせに来た。


 医者(仲英之助)の診断で命に別状はないが腕の傷が元に戻るかは分からない、という。

 水原とおみつは懸命に文坊を世話する。おみつは女将に相談してくる、と店に行こうとするが水原が止める。

 水原は自分が友達のところを回って金を工面する、と言う。

 しかし水原にそんなアテはなく、強盗をしてしまう。だが警官に見つかり発砲され腕を負傷する。

 水原は警官のウヨウヨする夜の町を逃げ回る。そしておみつのアパートまで逃げ帰りおみつの部屋の前の水道で傷口を洗おうとする。

 それをおみつが発見。おみつは水原を家の中に入れて文坊の介抱をするように頼む。

 水原はおみつに奪ってきた金を渡す。おみつはその金によって水原が何をしたか察知し、坊やの父親を前科持ちにしてしまった、と水原を責め立てる。

 すやすや眠る文坊を見つめる水原。すると文坊が起きて水原にお土産をねだった。

 水原は盗んだ金の一つを文坊に渡し、その金で母に買ってもらいなさい、と優しく言う。

 水原は警察のバイクが近くに止まったのを音で気づく。おみつは水原に自首することを懇願する。出所してからまた仕事を探せばいい、とおみつはかすかな希望を込めて言う。

 水原はおみつに金を渡そうとするが、おみつは受け取らない。水原は文坊のどこに行くの、という質問に答えず、文坊のことをおみつに頼み家を出ていった。


 翌日、おみつはお隣さんから水原が水に飛び込んで自殺した、ということを聞かされる。

 慌てて港に駆けつけるおみつ。水原は死んでしまった。

 おみつは刑事(西村青児)から水原のおみつ宛の遺書を受け取る。

─俺なんかどうせ
 死んでしまった方が
 いヽ男なんだ
 坊やを呉々(くれぐれ)も
 頼むよ

 おみつは手紙をぐしゃりと握り締め走って家に帰っていく。

 帰り道、おみつは船長と遭遇。ニヤニヤ笑いながら水原の死を憐れむ素振りをする船長におみつは頬を叩いて離れていった。

 家に帰ったおみつはクシャクシャの遺書を歯で噛み締めて破る。そしてその遺書を蹴り捨てる。

 弱虫!意気地なし!死ぬなんて!世の中から逃げ出すなんて!それが男のやる事かい!

 じっと母を見つめる文坊は父の居場所を尋ねる。おみつは頬を文坊の頭に寄せて嗚咽しながら願いを込める。

 坊やは強いんだね。坊やだけはきっと強くなっておくれ。








 私はこの映画を観てると「自転車泥棒」(1948年)を思い出します。親子の絆、貧しさの切なさ、そしてその行き着く先は人の道から外れること、道から外れた後に託される子供の強さ。「自転車泥棒」よりも「夜ごとの夢」の方が前の作品なので参考にした、という事は無いですけれども、あの「自転車泥棒」という映画を観て感じる辛さがこの映画でも感じました。

 成瀬は作中に海を出すことが多い人らしいのです。この映画で“海”が果たす役割は景色であり、水原は現実世界いわゆる世の中からの逃げ道として使いました。おみつはその逃げ道に逃げてしまった水原を憎み、最後は子供に全てを託します。この映画の海というのは、人々が世の中から逃げたくなり、逃げた先にある夢なのでしょう。
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Category: 邦画ヤ行
今日は映画「醉いどれ天使」を観ました。


『醉いどれ天使』 (1948年・日)
醉いどれ天使
スタッフ
監督:黒澤明
脚本:植草圭之助、黒澤明
製作:本木荘二郎
音楽:早坂文雄
撮影:伊藤武夫
編集:河野秋和
キャスト
真田:志村喬
松永:三船敏郎
奈々江:木暮実千代
美代:中北千枝子
ぎん:千石規子
ブギを歌う女:笠置シヅ子
高浜:進藤英太郎
セーラー服の少女:久我美子
婆や:飯田蝶子
花屋:河崎堅男
花屋の娘:木匠久美子
親分:清水将夫
岡田:山本礼三郎



 黒澤明監督作品「醉いどれ天使」。主演は志村喬ですが三船敏郎ともいえます。

 これは三船敏郎の出演3作品目にして初めての黒澤明監督作品です。「銀嶺の果て」(1947)でデビューした三船はこの作品で脚本だった黒澤明に才能を認められこの醉いどれ天使に出演します。この醉いどれ天使で益々、黒澤明に気に入られて以後、多くの黒澤作品に出演します。しかもほぼ主演のような立ち位置という。

 一方の主演だった志村喬ですが「銀嶺の果て」(1947)で主演を張っていました。また志村喬は黒澤明監督初作品の「姿三四郎」(1943)からずっと黒澤作品にほぼ常連として出演しています。つまり志村喬は三船敏郎を抜いて黒澤監督作品にもっとも多く出演した俳優です。最後に出演したのは黒澤監督がスタッフやキャストと対立しまくった「影武者」(1980)です。そしてその2年後に志村喬はお亡くなりになっています。「影武者」の次の黒澤監督作品は「乱」(1985)ですから黒澤監督作品とは一生を通じてお付き合いしたことになりますね。

 あと美代役は最初、折原啓子がやる予定だったのですが病気療養で降板したそうです。

 そしてこの映画に使われた南新町の闇市は「新馬鹿時代」(1947)で使われた大がかりなセットを東宝が「これちょっと壊すの勿体なくね?」みたいな感じで黒澤に提供したそうです。ちなみに新馬鹿時代の監督は山本嘉次郎で黒澤明監督の師匠です。ですがこの新馬鹿時代は皮肉なことに使いまわしのセットで製作した「醉いどれ天使」より知名度も低いし、今は観賞するのが難しいそうです。


【あらすじ】


 頑固でひねくれ者だが患者には一途に診察する飲んだくれの医師・真田はある日、銃弾を受けた若いヤクザを診察する。真田はヤクザに結核の兆候が見える、とレントゲン撮影を促すが素直じゃないヤクザは「死ぬのなんか怖くない!」と意地を張る。真田は若い頃の自分を若きヤクザに照らし合わせ、憎まれ口を叩きながらもその男を助けようとする・・・

















【以下全文ネタバレ注意】


 南新町の駅前。ここでは闇市が繁盛し、その付近にはゴミ捨て場になり飲んだら害があるであろう沼があった。またここはヤクザの縄張りでもあった。

 診療所を営む医師・真田(志村喬)は酒好きのひねくれ者で、思ったことをそのまんま口に出し憎まれ口も叩き叩かれたりするが、患者に対しては一途に接する良き医師であった。婆や(飯田蝶子)と共に病院を経営している。しかし理解者は多くはない。

真田医師

松永と真田

 ある日、真田の下に手に傷を受けた若い男がやってくる。男は松永(三船敏郎)と名乗り駅前でシマを張っているヤクザだと自己紹介する。しかしそういったヤクザが嫌いな真田は松永に容赦なく憎まれ口を叩き診察。その時に真田が肺病(結核)の兆候があることを発見。真田にレントゲンを撮影するよう強く言う。しかし松永はそれを素直に聞かず、揉め合いになる。そこに看護婦の美代(中北千枝子)が現れたことで松永は一旦、撤退する。

美代と婆や

 その後、松永は咳の間隔が短くなりつつあるのに気付いていく。一方、何だかんだで松永のことを気にかける真田はぎん(千石規子)という松永に惚れ込んだ女がいることを知る。真田は松永を酒に誘い松永はそれを渋々、受ける。真田は市場街では売り物や酒を勝手に持っていったり飲んで行っても何も言われないほど闇市の顔役だったのだ。

ぎん

 酒場で真田と松永は話し合うが松永は「死ぬことは怖くない。むしろ病気であることを知られるのが恥だ」と言って酒も女もやめなかった。そんな態度の真田は再び激怒し揉め合い。挙句の果てに真田は酒場を追い出される。

真田に絡む松永

 真田は美代に松永のことを言う。「あいつも可哀想な男だ。病気を怖がることが男の恥だと思っている。あいつほどの臆病者はいない」と。美代は松永がヤクザの人間だと知り、かつて自分を奴隷のように扱って今は牢屋の中にいる岡田(山本礼三郎)という男を思い出す。岡田は松永の前に近辺一帯の土地を縄張りとしていた男だった。もう岡田は牢屋から出てくるころだった。

岡田

 ある日。結核と戦い続けた少女(久我美子)が真田に「もうすぐ治るから治ったらあんみつおごってね」と笑顔で言う。その後に沈んだ顔をした松永が真田のところへやってくる。だが再び揉め合いとなり、真田は去って行った。真田は松永に「お前のような男より結核と戦い続けた少女の方が強い」と言ったのだ。松永はそれを認めるのが嫌だったのだ。

闘病した少女

 翌日、かつての旧友で今は大病院の院長・高浜(進藤英太郎)と再会する。その高浜によると松永のレントゲンを撮影し真田の下へ雨の日に行かせた、という。真田はそれを聞き松永にレントゲン写真を病院に持ってくるよう言う。

 その夜、松永はでろんでろんに酔いながらレントゲン写真を持ってくる。真田はその写真を見て予想通り、松永がやはり結核であると判断。松永は病気なんか怖くない、となおも意地を張るが真田や美代にはそれが寂しく思えた。

 松永は酒は飲まない、と真田と約束するが出所した岡田に盃を傾けられ飲んでしまう。その日、松永に近づいていた情婦の奈々江(木暮実千代)は病気で落ち目になりつつある松永から離れて岡田に接触を図っていく。また、真田にも愛想を尽かされ見限られてしまう。

松永と奈々江

♪ジャングルブキ      笠置シヅ子


 その後、病気でどんどん貧弱になっていく松永。ある日、松永は吐血し奈々江の部屋で寝込む。真田はそれを知らされ美代に「絶対に行かない」と突っぱねながらも結局、真田を診察する。

 やがて松永は岡田の女となった奈々江に部屋を追い出され真田の診療所で寝泊まりする。一方、美代が診療所に居ると知った岡田は連れ戻そうと訪ねてくる。真田はそれを拒絶し松永も岡田に頼み込み、ひとまず岡田は去っていく。

 その後、松永は仁義を重んじる親分(清水将夫)に頼めば美代のことを岡田が諦めてくれる、と直で親分に頼み込みに行くがそこでは親分が岡田に「アイツは病気で死にかけだから、もうすぐ別の勢力に襲われるあのヤミ市を任せても立派な鉄砲玉になってくれる」と言っていた発言を聞いてしまいその場を去る。

 呆然とした松永は闇市を歩き回り、いつも花を勝手に持っていく花屋(河崎堅男)やその娘(木匠久美子)から代金を請求されたりする。すでに岡田がこの一帯を縄張りとしてしまったのだ。絶望した松永は立ち寄った酒屋でぎんから慰められ、松永に今でも惚れ込むぎんは二人で一緒に郷里へ帰ろうと誘われる。しかし松永はそれに返答せず酒屋を去る。

 やがて松永は奈々江の部屋を訪れ岡田をドスで刺し殺そうとする。しかし病弱な松永には勝ち目はなかった。すぐにドスを奪われ刺される。しばらく床を這った松永は臆病者のまま息絶える。


 松永の葬儀は組にもやってもらえず、ぎんが一人で資金を出して済ませてしまった。ぎんと再会した真田は死人の松永に憎まれ口を叩く。そして真田は「ヤクザの世界なんてそんなもんだ。獣を真っ当な道に歩ませようとした私は馬鹿だ」と。ぎんはその言葉を聞き泣いてしまう。

 やがてあの結核と戦っていた少女が。少女は結核に勝ったのだった。約束のあんみつをおごらされる真田。真田は少女に言う。「結核だけじゃない。病気にも何事にも理性が勝てなければ強くはない」と・・・








【考察・感想】


 松永は可哀想ではないと思います。だって松永は、自分がヤクザ流の生き方しか生きることが出来ないと勝手に思い込んで周りの手を差し伸べてくれる人を拒み続けたんです。挙句の果てに一人で片を済ませようと勝手に殴り込みに行って死んだんです。自業自得ともいえます。最後まで弱くて脆くて最低の生き方ですよ。私はたとえ力がどんなに強くても周囲を嫌い拒んで周囲と歩めない人間が大っ嫌いなんです。だってその人たちは自分の存在が周りに迷惑をかけている、と自覚してないんですから。

 それに比べて本当に可哀想なのは松永に手を差し伸べたぎんだとか、真田医師とかです。二人は松永を見限らずに必死に接してくれたんです。そんな気持ちも理解できない松永はまあロクな死に方はしないと思ってましたが、本当にロクな死に方じゃありませんでしたね。容姿がかっこよくてもなにすましてんの?って感じですね。

 多分この当時は病気の人は自分の病気を恥ずかしいと思っていた時代なんでしょうね。まあ確かに病気で兵役を免れた男性は「非国民」と周りから罵られていた戦争時代もありましたからね。しかしあの少女は本当に素晴らしい。自分で病気であることを自覚し、戦って勝利したんです。本当に強いのは暴力を着飾る連中ではなくて、こういった芯の強さを持った人なんだと私は思いました。
Category: 邦画ヤ行
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