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十戒

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神様の映画ですね。


『十戒』(1956年・米)
十戒
スタッフ
監督:セシル・B・デミル
脚本:イーニアス・マッケンジー、ジェシー・L・ラスキー・Jr、ジャック・ガリス、フレドリック・M・フランク
製作:セシル・B・デミル
音楽:エルマー・バーンスタイン
撮影:ロイヤル・グリッグス
編集:アン・ボーチェンズ
配給:パラマウント映画
キャスト
モーセ:チャールトン・ヘストン
ネフレテリ:アン・バクスター
セティ1世:セドリック・ハードウィック
セフォラ:イヴォンヌ・デ・カーロ
ベシア:ニナ・フォック
ヨシュア:ジョン・デレク
リリア:デブラ・パジェット
ヨシャベル:マーシャ・スコット
アロン:ジョン・キャラダイン
ミリアム:オリーヌ・デアリング
イテロ:エドワード・フランツ
エチオピア王:ウディ・ストロード
メムネット:ジュディス・アンダーソン
エジプト軍隊長:ヘンリー・ウィルコクソン
バッカ総督:ヴィンセント・プライス
デーサン:エドワード・G・ロビンソン
ラムセス2世:ユル・ブリンナー

ナレーション:セシル・B・デミル


 セシル・B・デミル監督作品「十戒」。原題タイトルは「The Ten Commandments

 原作は「旧約聖書」の「出エジプト記」から。特に預言者であるモーセの視点と物語を中心に描かれています。演じていたチャールトン・ヘストンの神の声を聞いた後の彼の姿はまさしくミケランジェロが作ったモーセ像そのものような姿でした。

 セシル・B・デミル。この監督さんは20世紀で一番有名になった監督さんと言っても過言じゃありませんね。「スコウ・マン」(1914年)でデビューしました。デミルは一度、「十誡」(1923年)でこれとほとんど同じストーリーの映画を作りました。それから約30年後、この「十戒」を自分でリメイクして製作しました。約10年間くらい製作など色々かかったそうですね。この映画がデミルの遺作で3年後くらいにお亡くなりになられました。

 主演はチャールトン・ヘストン。この人は英雄役やらせたら右に出る者はいないかもしれませんね。例えばこれ以外にも「ベン・ハー」(1959年)でヘラクレスのような筋肉のベン・ハーを演じて戦車レースで勝ってます。いやはやこの人も2008年まで生きてたんですがね。

 正直、私はこの映画の唯一神ヤハウェは好きじゃありませんね。だってこの映画だとヘブライ人の奴隷がエジプトで苦しみに耐えてるのにヤハウェは預言者としてモーセを生ませた、ってなんて遠回りな救い方なんでしょうね。モーセが神の教えを受けるまで、何十年分、ヘブライ人を苦しませるつもりなんでしょう。その割にはヘブライ人に偉そうにして、ちょっと姦淫にふけったからってヘブライ人を40年も荒野で彷徨わせる上にモーセには川を渡らせない。鬼畜の所業ですね。神といえど、コイツは嫌いです。

 個人の好みですので、教徒の方が観ていたらゴメンなさい。実際のヤハウェを侮辱している訳では決してございません。


【あらすじ】

 エジプト人に奴隷にされていたヘブライ人たちは救世主の誕生を待ちわびていた。そんな時、一人の子供がヘブライ人に生まれその子は後に救世主となりえる。母はエジプト人によるヘブライ人男子の生まれたばかりの赤子の虐殺を逃れ、子供を川に流し、その子供は夫を失ったベシアという王宮の女性に拾われ育てられる・・・

















【以下全文ネタバレ注意】













↓四行後にネタバレ文あり




 エジプト
 ヘブライ人たちはエジプト人に奴隷として苦役を強いられており、彼らは救世主の誕生を願っていた。

 そんな時、ヘブライ人のヨシャベル(マーサ・スコット)が一人の赤子を生む。一方、ヘブライ人の希望の救世主が誕生したことを神官から聞かされたファラオのラムセス1世(イアン・キース)は謀反の兆候を防ぐべく救世主の始末を命ずる。

 その内容は、ヘブライ人で生まれたばかりの男子の赤子をしらみ潰しに虐殺していく、という冷酷非道なものだった。

 ヨシャベルは息子を殺されることを避けるべく籠に息子を入れ、その籠をナイル川に流す。

 籠を拾ったのはラムセス1世の娘ベシア(ニナ・フォック)。ベシアは夫を亡くし、その籠に入っていた子供を自分の子供代わりに育てようと決める。しかし召使いのメムネット(ジュディス・アンダーソン)は子供がヘブライ人であることから災いをもたらすであろうと諌言する。

 それでも聞かないベシアはモーセと名付け、子供を包んでいた産着をカゴと一緒に川に沈ませるようメムネットに命じる。メムネットはもしもの時のために産着を懐に隠し、カゴだけ沈めたのだった。


 モーセ(チャールトン・ヘストン)は成長し、王子として民衆から慕われていた。エチオピア外征を終えたモーゼは都に戻り、ファラオであるセティ1世(セドリック・ハードウィック)に報告。エチオピア王(ウディ・ストロード)にセティ1世と謁見させる。

 ラムセス2世(ユル・ブリンナー)はセティ1世の実子だが、叔母であるベシアの子供のくせに今や王位につくのはモーゼだ、という噂をよくは思っていない。ラムセス2世は奴隷が働かないせいで進まなかった都の工事をモーセに任せては、とセティ1世に進言する。モーセは都の工事の指揮を引き受ける。

 ラムセス2世はヘブライ人が信じて崇める救世主の正体に探りを入れていた。ヘブライ人奴隷の監督であるデーサン(エドワード・G・ロビンソン)に救世主について探るよう命じる。デーサンはヘブライ人でありながら、富や地位のためなら同胞を売ることも厭わないような男だった。

 一方、ラムセス2世の娘ネフレテリ(アン・バクスター)は宝石のように美しい女性だった。彼女はモーセを深く愛しており、彼女と結婚する者こそ次の王位に就く者であったためにネフレテリはモーセになんとしても王位を継いでほしかった。しかしモーゼを妬みネフレテリを欲すラムセス2世もいた。

 ヘブライ人の奴隷たちはエジプト人に扱き使われながら働かされていた。ヘブライ人の一人、リリア(デブラ・パジェット)は奴隷たちの水汲み娘でヨシュア(ジョン・デレク)と愛し合っていた。しかしリリアを卑しい目で見る者もいた。それが監督であるデーサンだった。

 石の像を組み立てているときに一人のヘブライ人の土に油を塗る仕事をする老婆が石像の下に服の紐が引っかかって動けなくなっていた。このままでは石像組み立てのときに老婆が潰されてしまう。

 しかしエジプト人たちは老婆など放っておけ、と言う。ヨシュアはそんなエジプト人を殴ってしまい、捕らえられた。ヨシュアは老婆の頼みで、監督をしていたモーセのところに駆け寄り助けてくれるよう頼み込む。

 モーセはすぐさま現場に駆けつけ、石像の組み立てを一時中断させ、老婆を助ける。その後、事情を聞きヨシュアを解放させ、老婆を見捨てようとしたエジプト人を罵倒する。

 モーセは奴隷たちの士気をあげるべく、神殿に備えるための穀物をヘブライ人の奴隷たちに与えてしまい、更に7日に一回の休日を奴隷たちに与えてしまう。

 その後、工事は進む中、エジプト人たちの間ではモーセがヘブライ人の側に立つのをよしとしない者が現れ始め、その都度セティ1世に諫言をする。

 セティ1世はそれを放っておこうとしたが、ラムセス2世がヘブライ人を従えてモーセは反乱を起こす気である、と偽証。セティ1世はすぐさまモーセの下へ向かう。

 モーセはやってきたセティ1世とラムセス2世に対し、大勢の人数を一気に使ってのオベリスクの塔の完成、門に備えるスフィンクス、そしてセティ1世の大肖像を見せる。セティ1世はモーセは忠実である、と褒めたたえ弟を貶めようとしたラムセス2世には王位を渡さないと宣言する。

 ある夜、もはやモーセが王位を継承するのは当然と思っていたネフレテリは上機嫌だったが召使いのメムネットからモーセがユダヤ人の拾い子であることを伝え、モーセの産着を見せる。

 ネフレテリはモーセへの愛から、モーセ王位継承の邪魔になりうるメムネットを口封じでベランダから突き落として殺害してしまう。

 その直後に訪れたモーセはメムネットが死んだこととネフレテリの不審な態度が気になり彼女を問い質す。モーセは自分がヘブライ人の子供であることを聞かされるのだった。

 モーセはベシアを問い質し彼女の静止を振り切って実の母ヨシャベルに会いに行こうとする。

 先回りをしようとしたベシアはヨシャベルの家に行き、不自由な生活はさせないから都から立ち退くように、と命令。しかしベシアの後をつけてきたモーセがヨシャベルと会ってしまう。そのヨシャベルというのは石像に潰されそうになっていた老婆だった。

 モーセは神に誓えるか、と聞きながらヨシャベルを問い質しヨシャベルはついに本当のことを話してしまった。モーセは自分もヘブライ人として生きることを決意する。

 そしてモーセは兄アロン(ジョン・キャラダイン)と姉ミリアム(オリーヴ・デアリング)にヘブライ人として自己紹介をするのだった。

 その後、モーセは身分を隠しながら泥まみれになりながら働いていた。リリアは総督バッカ(ヴィンセント・プライス)に気に入られてしまい彼女はバッカ直属の召使いにされる。それを見て激怒したヘブライ人の老人はエジプト人に情け容赦なく斧で殺される。

 そこにネフレテリが現れ、モーセを連れて行く。ネフレテリはあなたが一緒に働いてもヘブライ人が解放されることはない、それよりファラオになれば解放も自由だ、と言い私もラムセス2世にとられていいのか?と説得しモーセはセティ1世即位25年祭の時には必ず宮殿に戻るとネフレテリに約束する。

 総督バッカの邸宅で、リリアは高いドレスを着せられていた。そんなリリアを助けようと邸宅にヨシュアが忍び込む。ヨシュアはリリアを逃がそうとするが逆に捕まってしまう。

 ムチを打たれ傷だらけのヨシュアを救ったのは、モーセだった。モーセはムチでバッカの首を絞め殺し、ヨシュアにあなたこそ救世主だ、と崇められる。その後、ヨシュアを逃がし自身も逃亡する。その姿をデーサンが見ていたのだ。

 ラムセス2世がバッカ殺しの現場検証をしていた時、デーサンから耳よりの情報があると聞かされる。デーサンの巧みな話術により、総督の地位とリリアをくれてやることを条件にデーサンはモーセが総督殺しの犯人でヘブライ人の求めた救世主であることを話すのだった。

 セティ1世即位25年祭。ラムセス2世はヘブライの救世主としてモーセの首に鎖を繋いで連れてきた。セティ1世はベシアから拾ったユダヤの子であることを聞かされ激怒するものの、モーセに本当の子供と同然の愛は抱いていた。

 セティ1世はモーセにヘブライ人の救世主としてエジプトに謀反を起こそうとしないのであれば、ヘブライ人の子供でも許す、と話すがモーセはそれを約束しなかった。

 セティ1世はモーセの処罰をラムセス2世に任せ彼を次の後継者とする。そしてセティ1世はモーセの記録をすべて消し去り今後は名前を出してはいけない、と命令するのだった。

 ラムセス2世はモーセに生きながら苦しんでもらおうと、砂漠に放置し一日分の食糧と水のみ与える。砂漠を越えるのには何か月もかかろう。ラムセス2世はモーセにヨシャベルが獄中で死ぬまで持っていたヘブライ人の布と落ちていた杖をモーセに与えて去って行った。

 その後、モーセはずっと砂漠を彷徨い続けた。飢えも喉の渇きも限界まできており、意識も朦朧としている。しかし彼は神の加護を受け、村に辿りついたのだった。

 エジプトである頃からひたすら優秀であったモーセはその村で果敢な男手として族長イテロ(エドワード・フランツ)に気に入られる。モーセはイテロから娘を誰か一人貰っていいと言われる。

 モーセは長女セフォラ(イヴォンヌ・デ・カーロ)と話し、エジプトに残したネフレテリが忘れられないことを打ち明ける。セフォラは「確かにエジプトの女性は宝石のような美しさでしょうが、宝石は冷たいものです。私達は羊飼いでも心は温かいのです」と話し二人は結婚しモーセは村で羊飼いとして生きていくことを決める。

 やがて村はシナイ山の麓に移動。セフォラによればその山には神がやって来るらしい。モーセは神がいるのであれば、なぜエジプトの同胞たちの悲鳴を聞かないのか疑問に思っていた。

 一方、エジプトではセティ1世が息を引き取ろうとしていた。ネフレテリ、ラムセス2世に看取られながらセティ1世は最愛の息子〝モーセ〟の名を自ら禁を破って呼んだ。

 一方、リリアはデーサンにヨシュアを殺してほしくなければ自分に召使いとして仕えろ、と言いリリアは悔し涙を浮かべながらデーサンに従うことにする。

 それからしばらく時は経ちモーセとセフォラは息子を儲ける。三人で羊飼いとして仲睦まじい生活を送っていたある日、麓に見知らぬ男がやってきた。その男はヨシュアだった。

 モーセは炭鉱の強制労働から逃げ出したヨシュアから虐げられる同胞の声を聞き、やがてシナイ山に一筋の神々しい光を見つける。

 その光に導かれて山を歩き、たどりついたところにあったものはまばゆい光を放つ一つの大木だった。光は神そのもの。神はモーセにヘブライの苦しむ民をエジプトから救うのだ、とお告げを放つ。

 お告げを受けたモーセは神の代弁者・預言者としてエジプトへと戻るのだった。



 エジプトに戻ったモーセはアロンと共にラムセス2世に謁見。ラムセス2世には世継ぎが生まれていた。

 モーセはヘブライの民を解放しなければ災いがもたらされる、とて神の奇跡の一つを見せる。アロンの持っていた杖が蛇に変わり、エジプトの二匹の蛇を丸のみしてしまう恐ろしい様だった。しかしラムセス2世は聞く耳を持たずむしろヘブライ人に更なる重圧をかけてしまう。

 モーセはデーサンを主導としたヘブライ人奴隷たちに責められるが、ネフレテリに助けられる。ネフレテリはモーセを呼び寄せ、今でも思っているのだ、と伝えるがモーセは全く動じない。彼は神に仕えて女への愛を捨てたのだ。

 その後、モーセはラムセス2世の前に再び現れ、彼の目の前でナイル川を血で染めてしまう。赤土の影響だ、と言うラムセス2世に今度は燃える雹をエジプトに降らせ災いをもたらす。

 ラムセス2世は大臣の進言を聞いて民を解放しようかと迷うがネフレテリが挑発してそれを阻止させる。

 やがてラムセス2世はモーセの子を含めたヘブライ人の初子を虐殺するよう命じる。ネフレテリはすぐさまモーセの妻セフォラに会い、息子の命が狙われていると教える。セフォラは息子を連れ逃亡。やがて帰宅したモーセはネフレテリからラムセス2世が息子を殺そうとしたのを助けた、と彼からの愛を求める。

 しかしモーセはその言葉を聞き驚愕する。きっと神は代わりにエジプト人の初子を殺そうとするだろう。それはネフレテリとラムセス2世の息子も含めて。ネフレテリはモーセからの愛を得られた、と勘違いし息子の身も安泰だと勝手に帰ってしまった。

 やがて神の怒りの闇と化した死神はエジプトを覆い、エジプト人の初子を死に至らしめる。モーセは釈放された育ての母ベシアを異教徒でも家に招き入れる。ヘブライ人は玄関に子羊の血を塗って死神をやり過ごそうとする。

 ラムセス2世はついにモーセを呼び、彼にヘブライ人の解放を認めてしまう。しかしラムセス2世の子も死に、ラムセスはその子を別の冥界の神の力で生き返らせようと祈り続ける。

 翌日、ついにヘブライ人のエジプトからの脱出と大移動がはじまった。モーゼとヨシュアが彼らを導く。ヘブライ人たちはエジプトからの解放に歓喜した。

 デーサンもヘブライ人としてエジプトから追放される。リリアはヨシュアによって解放されるが、デーサンは何かを企んでいるようで、エジプト兵にヘブライ人たちを説得して連れ帰るから褒美を用意していろ、と言うのだった。

 一方、祈りが効かないと悟ったラムセス2世はネフレテリに焚き付けられ、モーセを生け捕りにしてヘブライ人を皆殺しにすることを決め出陣する。

 戦車部隊が近づいているのを知ったヘブライ人たちは慌てふためくが前は紅海。後ろはエジプト軍。まさしく逃げ道はなかった。

 デーサンは今降伏すれば死ぬよりかはマシだ、と声高らかに叫ぶがモーセは神の奇跡として、まずエジプト軍がこちらに近づいてこれないように炎の竜巻で進路を塞ぐ。

 そしてモーセは海に向かって「この神の奇跡を見よ!」と叫びなんと紅海を真っ二つに割って道を作ってしまった。ヘブライ人たちはその道を通って進んでいく。

十戒のシーン

 ヘブライ人たちが渡り切ったころ、火の竜巻が消えてエジプト軍も進軍を開始。海の割れた道を戦車隊が通って行く。

 やがてヘブライ人たちが全員、対岸に移動したのを見計らい道が海へと戻って行く。戦車隊は海に流されほぼ壊滅状態に陥る。ラムセス2世はそれを見て呆然としていた。

 エジプトに帰ったラムセス2世はネフレテリに言う
「モーセの神は誠の神であった」
 さすがのラムセス2世もモーセの神を認めざるを得なかった。

 シナイ山の麓で山を登って行くモーセを40日間ほど待ち続けたヘブライ人たち。彼らの間に不安が立ち込め、デーサンがそれを利用して黄金の子羊像を作ってエジプトに帰れば許されるだろう、と話す。

 ヘブライ人たちはモーセの理想に逆らい、彼らが勝手に作った子羊像を崇拝し、やがて彼らは腐敗する。踊り狂い、酒を飲み狂い、食べ物を食べ狂い、やがては暴力、姦淫まで行われた無秩序状態に陥る。

 一方、モーセは神から10の律法を与えられその10の律法は石板に刻まれる。

1.他の神々を持ってはならない
2.いかなる偶像も崇拝してはならない
3.神、主の名をみだらに唱えてはならない
4.週の7日目の安息日を聖とせよ
5.父、母を敬え
6.殺してはならない
7.姦淫してはならない
8.盗んではならない
9.隣人に関して偽証してはならない
10.隣人のものを欲してはならない

 モーセはその石板を与えられ、神からヘブライ人が無秩序にふけっているということを聞かされ下山する。

 モーセはヨシュアと共に下山。ヘブライ人たちに喝を入れ、教えを信じ律法を守る者のみが近づくのだ、と命じる。

 それに反してデーサンらはモーセが王にでもなるつもりか、と罵倒する。そして律法のない自由を謳歌する。

 激怒したモーセは神から与えられた十戒の石板を子羊像に投げつける。するとたちまち天変地異が起こり、悪しき心を持ったユダヤ人たちが次々と地割れの中に落ちて行った。

 その後、堕落した民に激怒した神は残った民が本当に十戒に従うか40年間もの間、荒野をさまよわせる。

 十戒を破った者はことごとく絶やされていき、やがて約束の地カナンへはヨルダン川を越えてあと一歩のところまで辿りついた。

 しかしモーセは神の怒りに触れ、カナンへの侵入を許されなかった。神は最期の地にヨルダン川手前のネボ山を用意した。

 モーセは一緒に残ると言う妻セフォラを説得して行かせ、自分の後継にヨシュアを指名する。そしてモーセは神の元へ召されるためにネボ山を登って行く・・・








 さて今若い人が見てしまえば他のSFXを利用した特撮とかに慣れてる人ならば、この映画の技術にチープさを感じてしまうかもしれませんが当時56年、昭和33年ごろではあまりの凄さに映画界のほとんどの人が腰をぬかすくらいだったんですよ。安っぽいチープな技術だ、なんて言ってしまう人はもう一回、当時の時代を考えてほしいですね。

 それにしたって旧約聖書の壮大なお話をそれに見劣りしないくらい壮大に作ってしまったこの映画は本当にすごいですよねえ。デミルが死の前にもその才能と監督としての力が劣っていないということなんでしょうねえ。まさしく神の意志、神の映画でありますな。

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