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今日は映画「キッド」を観ました。


『キッド』 (1921・米)
キッド
スタッフ
監督:チャーリー・チャップリン
脚本:チャーリー・チャップリン
製作:チャーリー・チャップリン
音楽:チャーリー・チャップリン(サウンド版のみ)
キャスト
浮浪者の男:チャールズ・チャップリン
少年:ジャッキー・クーガン
少年の実母:エドナ・パーヴァイアンス
少年の実父:カール・ミラー
誘惑する天使:リタ・グレイ
警官:トム・ウィルソン


 チャップリン監督作品「キッド」。原題タイトルは「The Kid

 久しぶりにチャップリン作品を観ましたが、もう明言できます。私が一番好きな映画監督はチャップリンです。やはり彼の作品と演技は素晴らしいものです。これはそのチャップリンが初めて作った長編映画なんですよ。

 助演は少年役のジャッキー・クーガン。彼は元々舞台で父親と踊ったり歌を歌ったりしていたんです。たまたま彼の舞台を見たチャップリンは彼を出演させるために脚本などを考え作った映画なんです。

 実はこの映画の制作直前にチャップリンは一人目の妻ミルドレッド・ハリスとの間に第一子が生まれました。名前はノーマン・スペンサー・チャップリンなんですが彼は重い身体障害を患いながら生まれ5日後に亡くなっています。一部評論家の間ではこの出来事もキッド制作とその中身に影響したのでは、という意見もあります。

 またハリスとの結婚生活も最初は順調だったんですがチャップリンはハリスを「知的興味の乏しい女」つまり、子供っぽい女と思い、ハリスの方は映画製作に没頭し自分を構ってくれないチャップリンに嫌気が差していました。まあ実はほかにもチャップリンの悪口をメディアを通じて話してたり、彼女がサイレント映画の大女優アラ・ナジモヴァとチャップリンが不倫している、と疑っていたっていうのもありますが。チャップリンはこれらの出来事にそうとう参って制作意欲も減退していきます。やがてこの映画を制作中に二人は離婚します。

 ハリスはチャップリンと対立していたこの映画の配給会社ファースト・ナショナルと手を組んで「キッド」の撮影フィルムを差し押さえようとします。

 淀川長治によればこの企みに気付いたのがチャップリンの運転手で後に秘書になった日本人の高野虎市で、チャップリンにそのことを話しチャップリンはホテルに引きこもった、らしいんですが淀川氏の高野虎市に関する話は時々、間違っているんでこれ自体も本当の話かは分かりません。

 まあ裁判はチャップリンが慰謝料と共有財産の一部をハリスに払うことで終結しました。というかそもそもハリスとの結婚だって映画「担へ銃」の制作中にチャップリンがハリスを孕ませちゃってスキャンダルを避けるために結婚したそうですからねえ。まあチャップリンは最初はハリスの子供っぽさに惚れ込んでたのかもしれませんが。

 ドロッドロ裏話はこんなところにして誘惑する天使役のリタ・グレイは後にチャップリンの二人目の妻となります。また、エドナ・パーヴァイアンスはチャップリンとおそらく相思相愛だったんですが結婚はしませんでした。しかし彼女は女優引退後も死ぬまでチャップリンに「チャップリン・スタジオの専属女優」としてお金を払われつづけました。エドナは死ぬまでチャップリンに感謝し続け、淀川氏との対談でもチャップリンと共演できたことに涙を流していました。

 また、愛らしい少年を演じた助演のジャッキー・クーガンはこの映画で世界最高の子役スターとなりました。成人後は脇役に徹しますが「カウボーイGメン」というドラマにレギュラーとして出演しています。ちなみに日本で初めて吹き替えが行われた作品とされ、上田恵司か大平透(どっちかは不明)。再放送では藤岡琢也がクーガンを吹き替えしたそうです。

 チャップリンがガラス屋の仕事をするシーンがありますが、これはチャップリンがまだ幼い頃に同じような手段で生計を立てていた時代を参考にしながら描いたそうです。

 また、題名のキッドはまあ分かると思いますが、「子供」という意味です。


【あらすじ】

 ある日、放浪者は道端で捨て子の赤ん坊を拾います。やむなく放浪者はその子を拾い、5年間育て続る。二人は詐欺まがいのガラス屋をしたりして、貧乏ながらもたくましく生き続ける。一方、子供を失意ながらも捨ててしまった実母は今やオペラ界の有名人となっていた・・・














【以下全文ネタバレ注意】











↓四行後にネタバレ文あり




 病院から赤ん坊を抱えた母親(エドナ・パーヴァイアンス)が出てくる。実は子供の父親(カール・ミラー)に捨てられたのである。女手一つではとても育てることはできなかった。

 母親は金持ちの車の中に赤ん坊を置く。金持ちに拾ってもらえるように。そうして母親はその場から去り、やがて公園のベンチで涙するのだった。

 一方、二人組の車泥棒は赤ん坊が乗っているとも知らず、金持ちの車を盗み出す。二人は町で車を停め泥棒に成功したことを祝うが赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

 二人組は焦って赤ん坊を町のゴミ捨て場に置いて去って行ってしまう。

 そこを通りかかったのは浮浪者の男(チャールズ・チャップリン)。男は窓からゴミを捨てる住人に「このとんま野郎!」と罵声を浴びせながらも路地を抜けていく。やがて男はゴミ捨て場に捨てられていた赤ん坊を発見する。

 そして母親の方は通りかかった子供に自分が捨てた赤子を重ね合わせ、自分の行いを後悔し、すぐさま自分が赤子を置いた車の下へ戻るが車は盗まれており、持ち主の家族にも拾われていないことを知り昏倒してしまう。

 浮浪者の男はというと、赤子を何とか自分が拾ったことにしないように人のベビーカーに勝手に乗せようとしてもその母親が戻ってきて罵倒を受けたり、元の場所に戻そうとしたら警官が見ている始末。結局、赤子の懐に入っていた「子供を拾ってください」という置手紙を見て、仕方なく自分で育てることを決める。


5年後


 赤子は可愛らしい少年(ジャッキー・クーガン)となっていた。男は生計を立てるために少年と組んで詐欺まがいのガラス屋をしていた。少年が石を投げて壊した窓を男がたまたま通りかかったふうに装い、家の住人にガラスの張替えを頼まれ金をいただく、ということだった。

少年

男と少年

 たまにそれに気づいた警官(トム・ウィルソン)に見つかって失敗に終わったりもするんだが、二人は食べる事に感謝をしながらひもじい食事を二人で分け合っていた。貧しい生活だが二人は幸せだった。

男と少年と警官

食事

 一方、少年の実母は今やオペラ界の有名女優になっていた。久しぶりに少年の実父と再会しても自分の子供を捨てたことを後悔している、ということを話していた。

 母親は有り余ったお金で街の子供たちに慈善活動を行っていた。そこで実の子供に再会しても流石に5年も経っていたので気付かなかったが。

 ある日、少年は子供同士の喧嘩をしたあとに、母親は男に子供が急病になっている、と伝える。男は町医を呼んで診察してもらうが医者は男から捨て子を拾ったという事情を聞き、赤子の懐にあった置手紙を預かって「この子にまともな教育をさせるべきだ」と言い去って行く。

 やがて孤児院から迎えが到着する。孤児院の職員は嫌がる少年を無理矢理、連れていこうとする。それに怒り狂ったのは男で、男は職員や通りかかった警官に腕を掴まれながらも大暴れする。職員は何とか隙を見て少年をトラックに乗せ去って行った。

連行される少年

 男は警官をまいて屋根伝いにトラックを追いかけ、荷台に乗り込む。そして荷台にいた職員の一人をトラックから抱えおろし、少年と再会の抱擁を交わす。

 一方、母親は先ほど急病になった少年の身を案じ男の家を訪れるが町医が憤慨しながら男の家から出てくる。町医は男が逃亡した、という事情を説明し思わず置手紙まで見せてしまう。それを見た母親はあの少年が自分の子である、ということに気付くのだった。

 そして男はトラックの運転手を追い払い、夜になって少年と仮宿のようなところへ行き一緒のベッドで寝る。しかし新聞を読んでいた仮宿の主人が「少年を探している」という記事を読んでそれが自分のところに泊まっている少年だということに気付く。

 主人はぐっすり寝ている男にバレないように少年を抱えて外へ出ていく。その少し後に少年が居ないことに気付いた男は慌てて探し回るがどこにも少年の姿はなかった。

 主人はというと、近くの警察署へ少年を連れてきた。そして報せを受けた母親は少年の顔を見て涙するのだった。


 翌朝、失意のまま戻ってきた男は自分の家にも入れず玄関の前で夢を見る。それは天国で自分や住人が翼を持ち空を飛べるファンタジーな夢だった。

 しかしその夢の中で天国へ忍び込んだ悪魔がある天使(リタ・グレイ)に男を誘惑するよう洗脳。天使は男を誘惑し、やがて誘惑した天使の本当の旦那がやってきて悪魔によって嫉妬に狂わされ喧嘩になる。

 そこへやってきた警官によって男は連行されそうになるが逃亡。空へ逃げようとするも撃たれて死んでしまう。

 目が覚めたとき。そこには警官が居た。警官は男をパトカーに乗せる。

 ついた場所。そこは警察署ではなく一軒の豪邸だった。男は玄関の前に立ちドアが開くと中から少年が抱き着いてきた。警官は嬉しそうに男と握手し去って行く。母親は男と少年を家の中に通すのだった・・・







 この映画は当時は凄い画期的でした。悲しみのなかに喜劇を混ぜ合わせる、というのが。まさしく一握りの涙と笑い、がこの映画には詰まっていますね。

 この映画をよくチャップリンにしては哲学的イメージが伝わらない、と評価する人いるんですけどそういう哲学とかじゃなくて日々の食事に感謝しましょう、だとか子供を大切にしましょう、だとかそういった基本的なことをチャップリンは言いたかったんじゃありませんか?




フル
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Category: 洋画カ行

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