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映画「第五福竜丸」。実際にあった事件ですね。


『第五福竜丸』 (1959年・日)
第五福竜丸
スタッフ
監督:新藤兼人
脚本:八木保太郎、新藤兼人
製作:絲屋寿雄、若山一夫、山田典吾、能登節雄
音楽:林光
撮影:植松永吉、武井大
配給:大映
キャスト
久保山愛吉:宇野重吉
久保山しず:乙羽信子
久保山きよ:毛利菊枝
見島忠夫:稲葉義男
木下博士:千田是也
熊谷博士:木下寅彦
美波博士:原保美
西山与市:松本染升
静岡県知事:小沢栄太郎


 新藤兼人監督作品「第五福竜丸」

 原爆投下以来、反原爆の訴えを貫いてきた新藤兼人監督らしい作品でした。新藤監督といえば、「原爆の子」という映画でお馴染みだそうです。

 新藤監督作品の常連俳優、宇野重吉・乙羽信子のコンビ。乙羽信子は後に新藤監督と結婚されます。

 この事件については「第五福竜丸」を参照されたし。


【あらすじ】

 漁船・第五福竜丸は焼津港を出発しミッドウェーへ遠洋漁業に行くが思ったように魚が獲れなかった。そこでなんとかマグロを獲らん、と北のビキニ島付近まで行ってから港へ帰ろうとしていた。しかしビキニ島付近で突如、警告なしのピカドン(原爆)に遭遇。船員は放射能を浴びて港へ帰っていく・・・














【以下全文ネタバレ注意】











↓四行後にネタバレ文あり




 漁船・第五福竜丸は二十三名の船員を乗せ遠洋漁業のために焼津港を出発する。船員の家族や関係者は港で船が見えなくなるまで手を振って見送っていた。

第五福竜丸の乗組員たち

 船長が若く、代わりに船内での権限を持つ漁労長の見島忠夫(稲葉義男)は漁労組合と相談し賭けのつもりでミッドウェーの方まで大漁を狙いに行こう!と船員に号令する。あまり乗り気でない船員に対し船員の信頼がとても厚い無線長の久保山愛吉(宇野重吉)が説得することで一同は漁労長の意見に従うことになる。

 しかし肝心のミッドウェーでは鮫ばかりとれて儲けにならなかった。船内で会議し、北へ進みビキニ付近で漁をしてから焼津港へ帰ろう、ということになる。

 1954年(昭和29年)3月1日午前3時42分。眠りについていた船員たちを突如、閃光が襲う。外に出た船員たちはキノコのような雲を遠くに見つける。六、七分後、轟音があたりを響かせた。久保山らはすぐにピカドン(原爆)である、ということに気付き船の進行方向を変える。

 やがて空から白い粉が降り注いでくる。ある船員は、雪か?灰か?などと言ったりしていた。

 久保山は付近にいるかもしれないアメリカ軍にスパイ容疑を疑われたくなかったためにあえて、無線でその場で報告することはやめておく。

 漁を中断した第五福竜丸は3月14日に焼津港に帰港。戻ってきた船員たちは肌が黒ずみ、髪も抜けだしていた。船の親元である西山与市(松本染升)はすぐに異常な状況に気付いて、久保山らに何があったかを問い質す。久保山はピカドンに遭遇した、ということを話しとりあえず焼津協立病院に診察してもらうことになる。

 外科医師の大宮医師(永井智雄)は原爆症の可能性もある、として東京の病院に酷い容体の船員を二名、行かせることを勧め紹介状を書く。二名の船員はピカドンの後に降ってきた灰を回収した袋を持って東京の病院に向かう。大宮医師はとりあえず黒ずんだ船員たちにヤケド直しのような薬を与える。

 東京の病院で医師は原爆症の恐れがある、と診断する。

 その夜、船員たちはそれぞれ女と楽しんだり、近所に今回の漁でとったマグロを切ったのをいくつか配ってまわったりしていた。

 一方、船員がピカドンを見た日にアメリカで専門家たちによってビキニ環礁で水爆実験を行っていたことに気付いた人が知り合いの記者に知らせ、記者はそれを記事にする。

 翌日、マスコミの報道により水爆実験の放射能を福竜丸があびた、ということが世間に明らかとなる。静岡県知事(小沢栄太郎)らはすぐに対処。医師や科学者を焼津に呼び寄せ診断させる。原爆の専門家などによる検査で船員と福竜丸に多量の放射能を検知する。

 やがてアメリカからも科学者や原爆障害調査委員会所長(ハロルド・コンウェイ)や科学者のアイゼンバーグ(ジョン・ハーディング)らがやってきた。

 しかし実はアメリカは水爆による被害であることを認めるのに消極的であり診断というより、調査のようなものであった。またアメリカは水爆実験を行う、と日本に警告していなかったことや海上保安庁が禁止区域外であったことを発表し、日本国内では原爆投下以来、進んでいた反原爆運動が高まると同時に焼津のマグロが風評被害にあうようになる。

 やがて県知事や助役(殿山泰司)、美波博士(原保美)らの説得により船員たちは東京の大きな病院に移される。大黒柱を失った家庭では県や国に資金援助されながらも妻が働かざるを得なかった。久保山愛吉も妻・しず(乙羽信子)や子供たちと別れざるを得なくなる。

 木下博士(千田是也)は患者に絶対に治してやる、との心意気で挑んでおり久保山愛吉とすぐに打ち解け話すようになる。また、熊谷博士(浜田寅彦)は灰を調べ含まれていた物質を発表する。その発表はアメリカにとってはローゼンバーグ夫妻(「ローゼンバーグ事件」を参照されたし)を処刑してまで隠そうとした軍事上の秘密を明かされるのでは、とヒヤヒヤしていた、という国内の報道もあった。

 やがて時が経つにつれ東京の病院に収容された船員たちもよくなっていく。しかし久保山愛吉にはなかなか回復の兆候が見られず、木下博士は困惑していた。おそらく久保山が四十代で船員のなかで一番、最年長であり歳のせいだろう、とのことだった。

 また、国内では船員たちを励ます声がとても多く学生たちが見舞いに来たりもしていた。そして焼津のマグロの風評被害も少なくなってきていた。船員はそれをテレビで見て喜んでいた。

 久保山愛吉は妻・しずにもうすぐよくなって帰れるでしょう、という手紙を書く。

 ある日、愛吉は突如、苦しみだす。しずは愛吉の母・久保山きぬ(毛利菊枝)と共に病室に駆け込み、夫の容体を見守る。愛吉は船でのピカドンの夢に苦しみながら、やがて意識を取り戻す。愛吉は「まだ死なない。オラはまた海に出るんだ」と母きぬに約束する。

 しずは愛吉が持ち直した、ということに安堵しひとまず焼津に戻る。しかし戻った直後、今度は愛吉が危篤である、ということを聞いて再び東京の病院に向かう。

 愛吉はこれまでにないほど苦しみ、やがて「身体の下に、高圧線が通っている・・・!」と絶叫し息絶えた。その部屋にいる者はみな涙し、木下博士は一人、退室し嗚咽する。そして久保山愛吉の遺体は解剖されるのだった。

 久保山愛吉の葬儀は派手なものとなり、米大使代理(ピーター・ウィリアムス)なども出席していた。

 遺骨は東京から静岡の焼津に戻るまで列車でしずが運ぶ。各停車駅で学生や県知事が花束をしずに渡す。焼津駅前では地元の住民たちが愛吉の遺骨を迎えるように並んでいたのだった。

 学生たちは「原爆を許すまじ」の歌を合唱し、平和の象徴であるハトを青い空へ飛び立たせるのだった・・

♪原爆を許すまじ









 原爆廃絶を痛烈に訴えた新藤監督の作品。胸に響くものがあります。決してこの映画で原爆を無くせ!無くせ!と直接的にいっている表現はそんなにありません。我々が自然とそういう思いになるようにうまく作っているんですよ。だからこそ直接的より充分、心に響き脳に焼つくんですよね。

 しかし私は、原爆を無くしてほしい、とは思っているんですがどうしてもそれは無理だ、という考えもあるんですよね。人間はいつまでも兵器と兵器の戦争を懲りずに続けていくのでしょうから、枯葉剤、原爆、毒、これらの兵器が無くなることはありえない、と思います。そして、そんなことを思ってしまう自分がとても憎いですね。

 この映画でのアメリカ政府のなんとか水爆被害の事実を隠ぺいしようとする姿が今の原発に対する日本政府と重ねあわされてしまって怖いものを感じました。もしかしたら今のような状況だからこそ、この映画を観た人には評価されやすいかもしれませんね。
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Category: 邦画タ行

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